米沢出身の3人が

伝統工芸の道に飛び込み、

一刀彫と地元米沢を

元気にする活動です。

小山 泰弘(中央)

佐藤 和寛(左)    佐藤 和憲(右)

 

<略歴>

1989年3月 笹野保育園卒園

1995年3月 南原小学校卒業

1998年3月 南原中学校卒業

2014年4月 笹野一刀彫の修行開始

2016年4月 笹野一刀彫組合に入組

 

★メンバー紹介★
【米沢市南原地区生まれの幼馴染】
・1982・83年に3人は米沢市に生まれ、30年来の幼馴染み
・笹野一刀彫と深いつながりのある笹野観音、そのおひざ元にあった笹野保育園~地元の小・中学校を卒業
・小さい頃からお鷹ぽっぽは身近な存在であった
・高校卒業後は進学や仕事の関係で皆一旦米沢を離れ関東へ(泰弘工人:東京、和憲工人:千葉、和寛工人:栃木)

【みんな米沢が大好き】
・離れ離れになった3人ではあったが、毎月のようにどこかに集まりこの頃から『将来は何かみんなでおもしろいことやりたいな』と語りあう
・その後タイミングはばらばらだが結局米沢が好きでみんな戻ってきた
・各々別の仕事につくが相変わらず遊びは一緒
(3人ともプロレスが大好き)

★笹野一刀彫をはじめたきっかけ★
【米沢のため米沢らしいもので】
・30歳を過ぎた頃、そろそろ何かをはじめようと真剣に話し合う
・どうせなら米沢のためになって米沢でしかできないことをやりたい
・お鷹ぽっぽという米沢・山形を代表する民芸品が地元にあるじゃないか!

【一刀彫の苦しい現状と秘められた可能性】
・そもそも代々彫っている家柄ではない我らに一刀彫りができるのだろうか?
・以前彫ってた友達のじいちゃんに話を聞きに行く
・すると『売れない、材料がない、後継者もいない』のないものづくし
・どうやら一刀彫りを取り巻く環境は厳しいようだ・・・
・一方で全盛期の武勇伝、楽しかったエピソードも聞いた
(ロサンゼルスのディズニーランドでの一刀彫実演など)
・とぎれさせてはいけないという使命感と一刀彫りの魅力・可能性に気づく

【認められた本気度】
・さっそく笹野民芸館へ行き、絵付けをしている方や、後に師匠となる組合長(当時)に思いを伝える
・ところが明確な答えをもらえないまま数カ月が過ぎる
(この時和寛工人はすでに会社に辞意を伝えていた・・・)
・その後何度か話し合いを重ね、ついに我々の本気度が認められ2014年4月に師匠から刃物(サルキリ)を譲り受ける

★一刀彫修行へ★
【ゼロからのスタート】
・ようやく一刀彫をはじめることになったものの、そもそも材料の木の見分け方が分からず、違う木を切ったり使えない曲がった木を切ったり
・刃物の研ぎ方もわからず、砥ぐたびに切れ具合が変わる
・師匠からの週1回の彫り指導(通称:キヨオ塾)、あとは各自家での練習を重ねる

【一刀彫を最優先】
・3人それぞれフルタイムの仕事に区切りを付けアルバイト生活へ
・とにかく一刀彫の時間を作って技術の伝承を
・職人の高齢化で時間がない

★笹野一刀彫組合に加入★
【職人(工人=こうじん)の仲間入り】
・彫りの修行は鷹に始まり、ふくろう、にわとり、山鳥、亀、削り花・・・などレパートリーが増えてきた
・技術が認められ修行開始から丸2年が経った2016年4月に笹野一刀彫組合に加入
・ようやく一人前の工人としてスタート
(覚えることはまだまだある)

【おたか三兄弟の誕生】
・和憲工人と和寛工人は双子の兄弟で、幼馴染の泰弘工人と3人合わせて『おたか三兄弟』の名前を師匠からいただく

★おたか三兄弟の目指すもの★
【笹野一刀彫をより多くの人に知ってもらいたい】
・笹野一刀彫りの魅力と歴史をより多くの人に知ってもらうことで、たくさんの人達に米沢に来てもらいたい

【伝統の技を次の世代へつなぐ】
・1200年続くといわれる笹野一刀彫の伝統の技を習得し、次の世代につないでいく
・伝統の技で新しい作品にも挑戦していき、次の世代がやってみたいと思えるような魅力的なものにしていきたい(『伝統は挑戦してこそ続いていく』 by大先輩 髙橋信行氏)